宝来館で女将を務める岩崎昭子さん。東日本大震災発生時は女将自身も大津波に流され、九死に一生を得た女将は、現在毎朝宿泊客に向けて被災体験の語り部を行なっています。そして、女将を中心に創設された一般社団法人根浜MINDは立ち上げから早3年。防災教育への強い思いを語り続ける女将は、今、そして未来の根浜・釜石に何を想うのでしょうか。

女将さん:

「被災地をデザインをつかって復興させる」という目的のもと来てくれたロビンさんたちは、最終的に、デザインではなく「レスキューで根浜と交流したい」と提案してくれました。これを提案されたとき、私は、これは「海の消防団づくり」だなと思いました。

 根浜が海難事故のない海水浴場としてこの何十年間やってこれたのは、地域の人と守ってきたことでできていたことです。「人が守る海」ということに共通していることと、震災にあった私たちだからこそ、海と向き合う生き方が自分たちだからこそやるべきだという思いをもって、ボートレスキューを根浜から(日本中、世界中に)広げる活動していくことを決めました。 そして、海は本当は怖いものではなく、レスキューの活動を広げることで世界中の人と交流ができるようになっていくと理想だと思っています。

 根浜MINDの活動の柱の一つに「交流の村づくり」というのがあります。私たちは、「観光地」というだけで人が来てくれる、というのが難しいことも痛いほど経験してわかってきているので、ただ海水浴のために来てもらうのではなく、より明確な目的を持った人を釜石に呼ぶというのが一番理想だと考えています。

 そして、「交流の村」を作っていくという「目的」があるところとして根浜が選ばれたいのです。具体的には、「防災教育」や「海とボートレスキュー」について考えるといったことが挙げられます。

 防災という考え方は、「訓練すること」ではなく「基本的なこと」であると認識してもらいたいのです。防災・安全面がしっかりしている場所であるこの環境で、この美しい海や山の風景を楽しんでもらいたい。安全の基本が守れているところで皆さんにいろんな魅力として楽しんでもらいたいと思っています。

女将さん:

 最初にレスキューの講座をやった時に、スクールを受けていた地元の人がよく理解して話を聞いていることにびっくりしました。なぜ通じるのか聞いたろところ、「海のルールは世界共通だから理解できる」と言われました。感動しました。

 海のことについてのルールは世界共通で、考えてることを理解するのに、共有するのに、国と国の境も違いもない。海はひとつなんですね。

 そして、このレスキューの初めての訓練を見た時に、「本物」だと思いました。現場のなかでリアルに起こりうることを訓練で身につけなきゃいけないという訓練を見て、日本らしい安全に対する考え方にプラスして、現場主義で訓練をすることで人を鍛えることは、とても素晴らしいと思いました。

女将さん:

 正直、やることがたくさんあると、それを頓挫しないで確実に「やり続けていく」ためには、やれるところだけを実行すべきかなあと思うこともあります。

 

 しかし、口に出して言っていれば一歩ずつですが進んでいる感じはしています。それに興味を持ってみんなが根浜に集まってきてくれることで、それが現実になって、自分が最初に思ったこと以上の村になっていってると期待しています。ここに住んでいる人と外から来る皆さんと、相乗効果で思っている以上の効果をもたらしてくれると思っています。

 諦めずに言い続けたりやり続けていたら、世の中が自分たちについて来てくれると思っているので、苦しくても今は諦めないでやり続けることが大事。

 

 実は、震災の20年くらい前に、「世界中の人と作っていく根浜が理想だ」って言ってたのですが、今、本当にそうなってきてると思うんです。

 今私たちが作ってる村作りは、日本人の故郷の原型と思っているわけではなく、世界の人たちと共有感をもって、世界の人と一緒に作る、世界の人の第二の故郷となる思いで、「故郷」というものを考える場所にしたい。そういう根浜を目指しています。

 

 世界中の誰もが持ってる故郷のイメージって、きっと全く一緒なんですよね。

 

 そうやって、昔言っていたことも、全て動いて形になってきてる気がするんです。誰もが諦めずにやり続けることで形になってきてる。たとえどれだけ時間がかかったとしても、誰もが諦めずにやり続ければ、釜石らしいスタイルで描いた通りになるでしょうね。

 そして、極端に言うと、10年後20年後にここで何かしらが事業になっている根浜で良いと思っています。私たちが「いつまでにこうなりたいです」という夢ではなくて、この時間の中でやり続けてきた人がつくったものが、実はやりたかったこと、それが絵になるんだとも思うんです。

 私が描いた絵(理想の根浜)は、人々が交流し、レスキューがあったりするけれども、「描いた絵の通りにできました」ではなくて、一番の目的は、それをやる人たちを集めたかったのかもしれないですね。

 その絵を一緒に作ってくれる若い人たちが、夢を見る人たちが、一緒にここにいながら、新陳代謝を繰り返し、何かすごく「ものを発信し続ける村」を作りたかったのかもしれない。​

 本当に望んでいたのは、若い人が釜石・根浜の可能性にチャレンジしながら居続けることだったと思うんです。そうした「人」の新陳代謝が続くことが完成形なんだとも思っています。

 

そして、もう一つ思うのは、都会で夢破れて田舎を求めるのではなく、ここに都会で勉強したことを注ぎ込む場所を作っておいてあげて、ここでも育つことができればいいなと思います。

外(都会)で通用する人だからこそ、ここ(田舎、釜石)でも通用する人間になってほしいし、都会と田舎の両方に片足ずつ置いて活動することで、可能性ある未来の生き方が発見できると思うので、そんな人たちに集まって欲しいですね。

女将さん:

 震災で壊滅した村が生きるために見つけたのが、世界中の人と「ふるさと」を創造することでした。それは、とてもワクワクして喜びに満ちた出会いです。

あなたもぜひ根浜に出会いに来てください!

【川浦】

貴重なお話ありがとうございました!

女将さんのお話を聞いていると、非常に謙虚な姿勢ながら、大きな夢を描き、それでいてその夢へ向かって「前へ前へ」という前傾姿勢が伝わって来ました。

謙虚さとドリーマーな気質、そしてその夢への情熱が、女将さんの周りに著名人を含むたくさんの人を集めるのでしょうし、女将さんのその稀有な人柄は、これからも釜石・根浜に必要不可欠な光であり続けるのだろうなと感じました。

これからも、名物女将として釜石・根浜をリードする岩崎さんの活躍にご注目ください!

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